やる意味があるのか?

ようそろ~お越しくださいました。6月27日は121名の方々が黒野のブログを過疎らないように巡回してくださいました。

ありがとーありがとーです。

クラシカルな魔術師の皆さんは太陽崇拝=日拝をやっている方がいると思います。バトラーの本に記載された3回太陽を意識して祈る、クロウリーの4回というものがありますが、なんでそれをやるのか?そしてそれがどのような精神的効果があるのか?という話はいつも濁されていると思います。

1 体内時計

人間の体内時計。18~19世紀の魔術師と今の私達では全く異なると思います。で太陽を1日3~4意識化することで体内時計が調整されていくおとはまずないです。黒野の家猫がいます。まだ1歳未満の猫が寝室にいます。寝室は遮光されていますが、女の子シーズン到来です。日照時間の関係で盛るのですが、遮光された部屋でも盛っていますし寝室はクーラーずーっとつけっぱなしですので気温も一定です。現代人の多くが日光に当たる時間より電気にあたる時間が多いのである程度例えば本当に3回、本当に4回、太陽光を最低3分浴びながら行わないと無意味です。極論だけいいますが日光に当たらないで強力なLEDやメタハラでも太陽光と同じ効果は得れます。

2 宇宙のなんちゃら

クロウリーがもしバトラーの日拝を見たらかなり意見すると思います。で宇宙のなんちゃら(このなんちゃらには何でも入ります)太陽が銀河系の中心だとか、魔術師たるもの調和(ティファレト)を目指し宇宙を光源で照らし出すのだetcこれらはドグマですので「そのドグマに従えば」効果があるのかもしれませんしかし、黒野はあと数十億したら太陽は膨脹します。もし太陽を我々の中心ーエゴーに対応させればエゴの膨脹ってどうなの?と思います。で話を戻すと数十億年後地球を飲みこむ最高の破壊を崇拝する気持ちは理解できません。

太陽崇拝=日拝もよそ様に迷惑をかける行為ではないので良いと思いますがそれほんとーに効果あんの?というよりもやる意味があるのか?考え直してみたほうがいいと思います。2世紀たってます。2世紀でどれくらい文明が発達したか?です。

最後までお読みいただきありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。