精神宇宙のごみ屑

ようそろ~お越しくださいました。7月1日は146名の方々が黒野のブログを過疎らないように巡回してくださいました。

ありがとーありがとーです。

次回の混沌魔術のプロットを書いていこうかな?と思います。昨日の記事もそうなんですが、今日は精神のごみ屑について考えてみました。

人間生きていてとーぜん精神は摩耗しますし、何かしら不要なものが出てきます。成長過程の中でそれは自然に処理されている物だと思います。しかしながら私達の精神宇宙の中に確実に処理できていなごみ屑が存在していると思います。それは例えばですよ?アイドル目指して12年~のあの芸風の方面白いと思いますが、ほんとーに12年アイドル目指してたらただの執着でしかありません。普通は、自分自身と折り合いをつけて、方向転換する方が多いかと思います。しかしほんとーに12年それはもう無理に近い確率だと思います。しかし執着してしまうことを、まるで使命感のように思い遂行する場合、自分ではいけるとおもってもよくよく周りをみたらアイドルが沢山いて、12年は何?となるとおもいます。芸人さんは大変だなぁと思います。でこのような執着から様々は精神的なごみ屑が発生していくと思います。ユングはコンプレックスを提唱し、それは自立した心的なエネルギーと説明してます。たしか誰かのユングの本で、コンプレックスについてこんな説明がありました。

その人がバターを作る職業をしていると仮定して、その人が街に行くとき牛乳の広告や、バターの広告を見るたびに自分のバターのほうが優れている、劣っている、価格が等と考えてしまう。

これはあるあるだと思います。

また私達の脳は解っているけどつい言ってしまうことがあります。たとえば会社員3名が出張でのどかな自然を見て、出張帰りに「脱サラして農家やるか!」というこれ。実は脳はそんなのは無理だし出来ないですよ。と瞬時に判断していますが言っているわけです。本当に脱サラして農家やる方もいらっしゃると思いますが。大方は脳は解りきっていることをいちいち口にしています。

こういう様々な処理できていないものを心のごみ屑として考えるならば、私達の精神宇宙はデプリが存在し、それが顕在意識や現実に影響を及ぼすことが多いはずです。

というのような内容をもっと考えて書いていくと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。