大宇宙と小宇宙っていう理論って必要?

リアル/ノンリアル ー 現実と非現実という区分

混沌魔術に大宇宙と小宇宙っていう理論いるんだろうか?という話を今日は書きます。

黒野はリアル/ノンリアル。現実と非現実という区分しかしてません。(黒の書読んで)
混沌魔術師が認識できない、知らない事、体験出来ない事は全ては非現実です。逆に認識できる、知っている、体験できる事は全て現実です。
まあここで差が出るのが読書量かもしれませんよね。ネットでどうこうっていう時代ですが!著作をそのまま転用するのは著作権侵害だからネットでググればいいっていう問題じゃない。話を元に戻すと非現実(次回混沌魔術の本で説明するけど)は現実より量が多いという事。

体験したカルマより、未体験なカルマが多くソウルは体験を求める為に知覚と意志を使用してリアライズしていくが、これはその人の環境に依存して活動領域が限られてしまう事もあるという事。この環境に含まれるのは家族だったり政治だったり法律だったり国であったりする。もっと細分化出来るけどリアライズ出来ない事は人生沢山ある。だから非現実の方の量の方が多い。混沌魔術師ならば様々な印形と啓蒙魔術によって非現実をリアライズ出来るという強みがある。

こういった理論を考えて黒野は小宇宙と大宇宙をいう考えではなくリアル/ノンリアル。にしました。
神様はいます!という方はそれはリアルでしょう。その人のリアルです。それを他人に押し付けるのはどうかと思いますよ。神様がいるってリアルな体験をしたからそういえるわけです。ただ悲しい事に全ては仮初め宇宙。その神様がいなくなる可能性も高いわけです。
リアルも仮初め、ノンリアルも仮初め。それでも人は生きていくわけで、人生に意味ってあるの?という質問は「人生に有意義な意味をリアライズしたいの?」という第2の質問を生み出します。

無意味な事なんてない!それはそうかもしれないけどリアライズ出来ないならば無意味でしかない。
努力が報われることは絶対あるとは言えません。どんなに努力しても無理があります。そもそも個人個人、リアル/ノンリアルの割合が異なるのですから。まあ今度本に書きます詳しく。

あ・・・祀っている不動明王が倒れてることに今気がつきました。

最後までお読みいただきありがとうございました。